• 2021/01/21

取締役 神保俊二インタビュー

日本マリタイムバンク 取締役 神保俊二

——これまでのご経歴についてお聞かせください。

慶應義塾大学法学部法律学科を卒業した後、日商岩井株式会社(現・双日株式会社)に入社しました。海外取引をしたいという思いのもと、石油部門のトレードに従事することになり、30歳の時にシンガポール支店の駐在となりました。シンガポールはアジアの石油取引の中心地で世界中のオイルマン(=石油業界の人間)がいる大きな取引市場で約4年の駐在期間に日本向けを中心に大量の取引を行い収益を積み上げ、充実した毎日で楽しくてしょうがない日々でした。

当時はインターネットが無く、たくさんの情報を持っている“人”がマーケットリーダーとなり市場が動いており、私もたくさんの情報を集め、さながら人間インターネット的に精力的に情報を収集し、誰よりも早く正確な情報もとに売買を積み重ねました。今なら長時間労働で問題になると思いますが、昔は「24時間働けますか?」というCMもあったくらいの時代でしたから、若さを生かし24時間体制で働いていました。携帯電話が普及していない時代ですから、帰宅後もロンドン、ニューヨーク、ロスアンゼルスと毎日の様に電話で情報交換を行い(当時の国際電話料金が高いため)毎月の自宅の電話代は20万円は軽く超えていました。

石油は非常に流動性が高いため、原油や石油製品を担保とした物流ファイナンスも行なっていました。資源国に石油開発資金を融資するだけでなく、医療品やトラック等を販売し見返りに原油を供給してもらうという物々交換的な取組も行い産油国の国作りにも貢献しました。

その後韓国・ソウルにも2年強駐在し、帰国後は管理職となり、本社課長・部長及びシンガポールにある子会社(石油トレーディング会社)の社長や、海外現地法人である双日オーストラリア会社、双日インドネシア会社の社長を務めました。商社というのは何でもやっているので、海外現地法人の責任者は、機械、化学品、木材、不動産、繊維部門など幅広い分野の業務にも関与し、苦労もありますが、異文化、他業種の多くの人と交流することができたので楽しかったですね。インドネシア駐在から帰国後は、国内子会社であるカーボン(炭素)の専門商社の社長に就任しました。

——なぜ商社を選んだのですか?

世界中飛び回ってみたいという少年的発想ですね。

英語の読み書きはもともと得意だったんですが、英会話は未経験だったので、最初の駐在では苦労しましたが半年くらいでマスターし情報収集に磨きをかけ毎日頑張りました。

——仕事で1番印象に残っていることは何ですか?

石油取引をやっていたとき、航空会社にジェット燃料を売っていたんですよ。ある時、とある外国の空港基地向けに石油タンカーで手配していたジェット燃料が航海中に変質し、到着後の品質検査で規格外となり、タイミング悪くゴールデンウイーク(GW)の約3週間前で、尚且つ航空会社のジェット燃料の在庫レベルも低く、代替カーゴを用意できないと、稼ぎ時のGWに飛行機が全部飛べなくなるという大ピンチに遭遇しました。実質1週間で替りのカーゴを用意しなければならず青ざめて奔走しましたがまったく目途が立たず万事休すとなり、上司と相談の結果、正直に現状を説明し損失はこちら持ちという前提で顧客の航空会社に協力を求めるとともに対策を相談したところ、幸いにも一つだけ方法があることがわかりました。しかしながら、その方法は大きな損失が伴うものでしたが、唯一の策なのでその方法で対処せざるをえませんでした。そのお陰で多くのチャーター便を含めGW中のフライトはすべて予定通り発着することができました。GW後、航空会社と損失精算をする打ち合わせの為、重い足取りで航空会社に出向いたところ、驚いたことに、損失は航空会社側で全部負担するという返事が返ってきました。航空会社からは、我々の取った行動と判断が適格で素晴らしかった為、フライトはすべて予定通りに運航できたとして損失負担を免除するというもので、腰を抜かすほど驚きました。仕事に対する責任感と顧客との信頼関係の大切さを痛感した出来事で忘れることができません。私は、逃げることをしない良い上司に恵まれましたが、航空会社の責任者の方も素晴らしい方でした。

——1番楽しかった仕事は何ですか?

1つは、シンガポール駐在時代に担当した石油製品トレードです。かなりの量の取引実績を上げ、アジアの石油製品市場でマーケットリーダーとして活躍できたことですね。世界中の業界人と交流を深め、社会人として一回り成長できました。

2つ目は、地味で小さな仕事ですが、自分が企画・実行した輸入アスファルトが日本のある離島の道路の舗装に使用されたことです。プラスチック類を除き、石油というのは燃料として使用され燃えてなくなってしまうのですが、唯一アスファルトだけそのまま形として残り、後々自分が関与した物を見ることが出来るというのは、嬉しいものです。

無から有をつくるのが商社の仕事で、メーカーではないので技術はなく、あるのは人とお金だけです。商社がやっていた単純な売買はメーカーが直接行ったり、インターネットが取って代わったりしてきているので、最近は売買よりも投融資になってきていると思います。商社は物を動かすことが出来るので物流をともなうスタイルの投融資ですね。

顧客との日頃の会話から生まれるビジネスチャンスもあるので、ネット時代ですが人と会って情報交換したり、顧客の考えを知ることを大切にしています。そういう会話には活字にはなっていない情報やヒントがあり、そこからチャンスを創造する、それが人間力なんじゃないかと思います。AIには出来ないことですよね。

——休みの日の過ごし方

ゴルフ、映画鑑賞、旅行、釣り、最近は料理にもチャレンジしています。あんまり手の込んだものは出来ませんが、この間はビーフシチューに挑戦しました。

——座右の銘

私は心掛けとして三つあります。

人生においての座右の銘は、『七転び八起き』。辛くても何事も諦めないというのは、小さい頃から言われてきて染み付いています。

仕事における心掛けは、『生き残る種とは、最も強いものでもなく最も知的なものでもない。それは、変化に最も良く適応したものである』。進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの言葉です。まさに今の時代大切なことです。間違っても良いから先に起こる変化を読んで行動すること。早く始めると、間違っていてもやり直しが出来る。人がやり始めてからだともう遅い。だから、常に先を読んで、間違っていたら対応出来るように日々の仕事をやる。始めた時には2歩リードしてるように。というのが、私にとって1番大事な考え方です。この2歩には時間もお金もかかるけれど、出遅れてしまったらこの2歩を埋めることは大変なんです。

人間としての心掛けは、『感謝・感動』。感謝がないところに感動もありません。夜寝る前に「今日は誰かからありがとうと言われたか?」ということを考え、1つの基準にしています。本当の感動というのは、自分1人で感動するのではなく、廻りの人、相手の人も共に感動するものです。感動が無いところには幸せ・成長・発展はない。個人にしろ、組織にしろ、そういうものだと思います。