• 2020/11/13

社長 昼田将司インタビュー

日本マリタイムバンク株式会社 代表取締役 昼田将司


——これまでのご経歴についてお聞かせください。

激動の社会人生活

1999年に同志社大学法学部を卒業し、就職氷河期の中、近鉄エクスプレスに入社しました。通関士の資格を取得し、航空貨物部門で外国貨物を内国貨物にする通関の仕事をしていました。次に横浜の営業所に異動したのですが、横浜という土地柄もあり、海上貨物のお客様も担当するようになり、その時初めて海運の仕事に触れました。

その後、同期で1番最初にアメリカのアトランタでの研修に参加し、海外で働くことの楽しさに気付きました。会社を辞め、海外で働きたいという思いを胸に、海運の仕事をしていた父にシンガポールのシップブローカーを紹介してもらい、3年間船のブローキングの仕事をします。ラッキーなことにその頃の海運業界は好景気で、英語に自信がなく、お客様が居なかった自分でも案件を組成することができました。とにかく当時は海運バブルで「海運業界に移って本当に良かった!」と思っていました。

海運は最高!しかし…

 シンガポールでずっとブローキングの仕事をしようと思っていましたが、自分のキャリアについて周囲からの助言や応援もあり、ギリシャに本社がある船のファンド会社で働くことになって、金融や海運大国ギリシャの考え方も学べ、仕事も上手くいき、このまま一生安泰だと思っていた矢先、リーマンショックが海運業界を襲います。リーマンショック後は、とにかく無我夢中に案件のリカバリーをする毎日でした。

踠いた末に出たある結論

ブローキング、金融、ファンドのことを学んだ中、自分で仕事をしてみたいと思い会社を立ち上げたものの、リーマンショックによる大不景気の真っ只中です。どんなことをすれば良いか踠いて考えた末、出た結論が「スクラップ」でした。当時の海運業界は皆が下を見ていましたが、スクラップビジネスだけは好景気だったんです。これは面白い。これが自分の中の転機でした。ここに希望を見出し、船舶スクラップ事業のファンド化の構想を思い立って投資家を探していたら、あるファンドマネージャーがお金を出すことを即決してくれてファンドが組成できました。今でもその方とは本当に良い関係を持たせてもらっています。

予想外に進んでいったスクラップ事業

そうこうしている内に「インドネシアでスクラップヤードを始めないか?」という話が舞い込んできました。実際インドネシアに行って見てみたら、使わなくなってしまった船がたくさん海に浮いていました。インドのスクラップヤードまで持っていく経費の方が、スクラップで売却する代金よりも高くつてしまうので、インドネシアの船主は古い船をそのまま置き去りにしていたんですよ。これはチャンスだと思い、スクラップヤードを一から作ってみることにしました。この時は、知り合いの船主さん数名が「昼田くん、頑張ってみろ!」と言った感じでポンっとお金を出してくれました。今でもこの方々には頭があがりません。最初は苦労して、どうなってしまうのかわからなかったものの、インドネシアでスクラップ事業をしているのは自分だけだったので、インドネシアの船会社や、製鉄所も応援してくれて。無我夢中で働いて、気が付いたら5年経っていました。インドネシアで自分が住んでいた村は治安も良くなかったし、衛生環境も悪く、付いてきてくれた家族には頭が上がりません。

日本に帰国、現在、そして未来へ

2016年にスクラップヤード事業をインドネシアの造船所に売却して、日本に帰国しました。日本でポテンシャルがあって、面白いことって何だろう?と考えた時、「お金」だとぼんやり思いました。これまでの自分の経歴も踏まえて、「お金」のことを始めよう。と、第二種金融商品取引業の免許を取って、今は船舶オペレーティングリースを組成する仕事をしています。お陰様で順調です。そしてこれからは、「船舶」と「お金」というものの更に先へ向かいたいと、日本マリタイムバンクを立ち上げました。

——仕事で1番印象に残っていることは何ですか?

シンガポールのブローキングの会社に入った時ですね。それまで自分は、まあ英語が出来る方かな?と思っていたんだけど、英語が出来るということと英語で交渉が出来るということは全然違いましたね。外国人とディベートした時に、皆自分の意見をバンバン言うのに、自分は仕事に対して意見を持っていないんだ、と気付かされ、打ちのめされました。

——どのくらい経ってから、自信を持って英語で意見を言えるようになりましたか?

言葉自体は、3年くらい経った時から不自由はなくなりました。でもディベートに関しては、つい最近ですかね(笑)。

——今までで1番楽しかった仕事は?

これは2種類あって、1つは「やってる最中から楽しい仕事」。スクラップファンドとか、今準備している日本マリタイムバンクとか。ゼロから新しい何かを作るっていうのは、考えるだけでワクワクが止まらないです。

もう1つは、「やってる時は最悪だけど、振り返ってみると楽しかった仕事」。リーマン後のリカバーだったり、インドネシアでのスクラップヤードだったり。不思議だけど、今あの時のことを振り返ると「充実してたなあ」と思います。

——座右の銘

「しかし!そんなことで俺の情熱はなくならない!心の炎が消えることはない!俺は決して挫けない」です。大正時代に鬼と戦った、炎の呼吸を使う剣士の言葉らしいです。この間子供と映画館で学びました。

——お休みの日は何をしていますか?

農業をしています。農家を辞めた人から田んぼを借りて、休耕田を一から開拓してお米を作りました。運動も兼ねて、この間収穫したんですけど、最初の年だったので、保管方法を間違えて腐らせちゃいました。まあ仕事も趣味も、失敗は経験ですね。

——今後の展望について聞かせてください。

この10年で世界は大きく変わりました。5Gにもなり、AI も出てきて、情報媒体も多様化、変化は飛躍的です。これからも、誰も想像出来ないことがどんどん起きて、今までの「正しい」の概念が崩れていきます。

海運でも同じように、今までのやり方が通用しなくなってくると思います。新しいことへのチャレンジは我々がやるべきことだと思っているし、こういうチャレンジが日本の海運業界を活性化してくれたら嬉しいですね。

海外の船会社からは既に我々は純日本的でない案件を組成できる変なプレーヤーと判断してもらって面白い案件をどんどん持ち込んでもらっています。更にありがたいことにそれについてきてくれる投資家の皆様であったり、船主さんであったり、金融機関さんが居てくださるわけなんですが、そういったお客様のためにも、日本マリタイムバンクでは、更に色んな案件がキャッチ出来ると思っています。未来は誰にも予想がつかないからこそ、我々は新しいことをやっていきたいです。