• 2020/06/12

海の喫茶店

コーヒー

緊急事態宣言が解除され、大好きな喫茶店にようやく足を運べるようになりました。さて今回は海運にまつわる喫茶店の話になります。

1687年、ロンドンのテムズ川にほど近いタワー通り (Tower Street) で一軒の喫茶店が開業しました。オーナーの名はエドワード・ロイド (Edward Lloyd) そして店の名前は「ロイド珈琲店」〜Lloyd’s Coffee House〜です。

テムズ川に近いという事もあり、ロイド珈琲店には貿易商人や船長といった海運関係者が集まりコーヒーを飲みながら次の航海話に華を咲かせる憩いの場所になりました。そこでエドワード・ロイドは喫茶店を「海運関係者の社交場」という形で差別化していく事にしました。コーヒーを飲みながら海運関係者のネットワーキング作り、情報収集、はたまた商談から契約までビジネス全般をサポートできる場を提供しようというわけです。

ロイド珈琲店の様子
ロイド珈琲店の様子
ロイズリスト
ロイズリスト

まずエドワード・ロイドは、何時間店に居ても苦痛にならないよう店内を徹底的に清潔にしました。当時のロンドンは一歩外に出ると馬の糞やネズミが走り回っていた時代なので、これ一つでもちょっとした差別化でした。さらに商談に便利なインクや紙も店に備え付けました。大したアイディアに聞こえないかもしれませんが、当時インクと紙は大変貴重な代物だったので、コーヒーを飲みながらの雑談が商談に発展し、「さっそく契約しましょう」といった場面などで大変重宝されましたでしょう。さらにお客の要望に応じて店のウェイターが近くまで配達や伝言をするサービスも始め、お客がストレスなくビジネスできる環境を作りました。家だとテレワークに集中できないというビジネスマンを取り込む感じの、新しい生活様式を模索する現在でも通用しそうな時代を先取りしたビジネスモデルです。

エドワード・ロイドは商才のある男で、さらに喫茶店をオークション会場として貸し出すサービスも始めました。オークションに出展される品はなんと「船」そのものです。「キャンドルオークション」と言って、ルールはロウソクに灯した火が消えたらオークションが終了するというもので、ろうそくの火がいつ消えるのかわからない緊張感の中で船の落札価格を競い合うエンターテイメントに大いに盛り上がったでしょう。

喫茶店に集まる関係者は、なによりも情報を求めていることに気が付いたエドワード・ロイドは、独自のネットワークを駆使して、港の情報や船の動静、さらには海外ニュースをまとめた「ロイド新聞 (Lloyd News)」の発行を始めました。この海事新聞は今でもロイズリスト (Lloyd’s List) の名前で残っています。電話もE-mailもない時代ですから、お客にとってこの新聞がどれだけ有益だったか容易に想像できると思います。

当時は、沈没や座礁、敵国による拿捕、海賊の襲撃など、船が戻ってこないリスクが高く、貿易商人や出資者や銀行にとって大きな悩みでした。ロイド喫茶店には引退した小金持ち船長も顔をだしており、そんな彼らが保険の引受先になり、いつしかロイズ喫茶店は保険取引が盛んに行われる場所になってきます。当の船長たちは「船が沈む、沈まない」という「賭博」を「保険」を通じて興じていたので、必ずしも質が高い保険とは言えない時代でしたが、バブルの語源にもなった「South Sea Bubble事件」などを経て、ロイド珈琲店は王立取引所内に移転し本格的に喫茶店から保険の取引所に変貌を遂げていく事になります。

現在、海運の保険取引所といえばロンドンのロイズ(Lloyd’s)というのが海運業界の常識です。ただロイズは保険会社ではなく、保険ブローカーが集まって引受先 (Under Writer) を探す取引所のことで、ある意味ロイド珈琲店時代から300年以上、海運関係者が集まる場所を提供する憩いの場所なのかもしれません。