• 2020/10/21

船の国籍(船入門④)

世間の注目度が断然に低い「船」ですが、たまにテレビで見かけるとしたら、それは決まって事故を起こしたニュースです。キャスターが「日本の会社が所有するパナマ船籍のオーシャントラスト 丸が、スリランカ沖で座礁しました」と言うのを聞いて、船を知らない人は「日本の船?パナマの船?」と考えてしまうでしょうか?いえ、それすらも考えないでしょう。どうでも良いので完全スルーされているのが現実です。今回の船入門ではそんな、どうでも良い「船籍」について話してみたいと思います。

船舶法(明治32年)

日清戦争に勝利した明治27年、日英同盟が締結された明治35年、そして連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を倒した日本海海戦が明治38年。硝煙の匂い漂う時代に日本の船舶に関する法律「船舶法」は制定されました。そしてその第1条は次のように始まります。

第一条 左ノ船舶ヲ以テ日本船舶トス

  • 一 日本ノ官庁又ハ公署ノ所有ニ属スル船舶
  • 二 日本国民ノ所有ニ属スル船舶

カタカナで仰々しく書かれていますが、要は「日本人が所有する船は日本籍ですよ」という、当たり前のことを明言しているだけです。そして、日本船籍になった船は「日本の国旗」を掲げることが許されます。

船に国旗を掲げる行為は、そもそも中世の海戦に由来します。当時は帆船で思い通りに操舵できず、大砲の射程距離も200メートル程度とあっては、海戦も最中に差し掛かると、まさに運動会の騎馬戦のごとく両軍入り乱れての大混戦になりす。目の前にいる船が敵なのか味方なのかすぐ分かるよう大きな国旗(王室旗)を掲げるのは至極当然のことでした。

富国強兵を推し進める明治時代は、海を制するものが戦いを制する時代です。有事の際に日本の商船も兵員輸送、物資輸送、ひいては改造して軍艦にする下地として、例外なく日本人が所有する船は日本船籍と規定したのです。

National Flag と Flag of Convenience

さて、本題に入っていきましょう。冒頭のとおり、日本人(日本法人)だけが船を日本船籍に登録することができます。同じようにベトナム船籍はベトナム法人だけ、インドネシア船籍はインドネシア法人だけが登録できます。有事の備えだけでなく、海運政策の実施や自国の船員育成など、まさに国家的な利害を持ち合わせた、自国民だけに登録を許す船籍のことを「National Flag」と呼びます。

一方で、自国民以外の人にも登録を認めている国があります。そう言った誰でも登録できる船籍のことを「Flag of Convenience」と言いますが、実務では省略して「FOC」または、日本語で「便宜置籍船」と言ったりします。

日本船籍の船内は「日本」です。殺人事件が起これば日本の刑法で裁かれます。同様にアメリカ船籍の船内ではアメリカの法律が適用されます。禁酒法によって船内で酒を販売できなくなったアメリカの船会社が1922年に酒の店内販売のため2隻のフェリーをパナマ船籍に登録したのが便宜置籍船の原点になったと言われています。

小難しい内国法や税金から解放してくれる船籍登録ビジネスに大きな商機を見出したパナマは1925年、正式に国外の船主がパナマ船籍にすることを認めました。船主にとってパナマ船籍は、

  • ◯ 外国人船員をつかえるので人件費が抑えられる
  • ◯ 無税
  • ◯ 登録の手続きが簡単
  • ◯ 登録維持の費用が安い

といった多くのメリットがあり、アメリカの船主だけでなくヨーロッパの船主にも広まり、便宜置籍船は一般化していきました。今ではパナマ以外の国々も便宜置籍船の登録サービスに参入していて、中には海を持たないモンゴルまでもモンゴル船籍の誘致をしています。近年リベリアやマーシャルが激しく追い上げていますが、それでもパナマは船籍シェアNo.1の座に居座っています。

世界の船籍ランキング

船籍トップ5の国は船会社の税金が無税の国です。しかし香港船籍は香港法人、シンガポール船籍はシンガポール法人にしか登録が許されない点でこの2つの国はNational Flagです。つまり「無税の国の船籍=便宜置籍船」ではありません。

資源のないシンガポールにとって産業や外国人の誘致は国家戦略です。「世界の船会社さん、シンガポールに来て海運事業を始めたら無税でビジネスできますよ、だから是非来てください」という訳です。パナマ船籍の場合、いちいちパナマ子会社を設立する必要はありません。日本の会社でも紙の上だけの手続きで自分の船をパナマ船籍にする事ができます。しかしシンガポールはそう言ったペーパー上の登録には興味がなく、実際にシンガポールに拠点を構え、雇用を増し、消費税や個人所得税など税収の底上げを期待しているのです。(ちなみにシンガポールは海運業以外の業種には法人税を課しています)

さて、さきほど「日本の会社でも紙の上だけの手続きだけで自分の船をパナマ船籍にする事ができます」と言いました。パナマ側はそうしてもらって一向に構わないのですが、日本の法律(船舶法)では「日本の会社の船は日本船籍」としているので、実際に日本の会社が所有する船をパナマ船籍にする事はできません。

ただ日本船籍だと人件費の高い日本人船員を配乗しないといけません。そもそも日本人の船員は数が少なく給料さえ払えば手配できるものでもありません。そして日本は税金が高いです!日本の船主もシンガポールの船主も一つの海の上で商売する訳ですが「税率35%で高い日本人船員が乗っている船」と「無税で安いフィリピン人船員が乗っている船」が、どうして同じ土俵で戦えるのでしょうか?世界の船主と互角に戦うため、日本の会社も当然パナマ船籍に登録したくなるわけです。

前述の通り、船舶法によって日本の会社がパナマ船籍の船を持つ事ができません。そこでパナマに子会社を設立して、その子会社が船を持つ形にすれば実質的に日本が所有している船をパナマ船籍にする事ができ、「日本の会社が所有するパナマ船籍のオーシャントラスト丸」が実現できるわけです。

なんと!海運会社はパナマ船籍にして税金を逃れているという事ですか?

2005年、パナマの弁護士事務所から流出したパナマ文章(Panama Papers)を覚えていますでしょうか?「タックスヘイブンであるパナマのペーパーカンパニーを隠蓑に巨額の脱税した悪人リスト」と思われがちのパナマ文章には日本の海運関係者の名前もばっちり名を連ねています。

パナマ子会社で船を所有すれば日本の税制からのがれられるのでしょうか?いえいえ、日本の税務署がそんな優しい人たちである訳がありません。結論から言いますと日本の船主はパナマ子会社の税金をきちんと払っています。「タックスヘイブン対策税制」という物があり、日本人がタックスヘイブン(パナマ)にペーパーカンパニーを作って収益を無税で溜め込む事はできません。ペーパーカンパニーである子会社の利益は「みなし配当」として日本の親会社の収益として計上され、がっつり課税の対象になるのです。「合算」ではないので、パナマの子会社が赤字の場合、その赤字と日本の親会社の利益を相殺する事はできません。 利益は取り込み、損失は取り込めない税務署の温かい心遣いが感じられる仕組みになっています。

ですから日本の船主がパナマ船籍に登録するのは、決して脱税のためではなく「税率35%で高い日本人船員の船」対「無税で安いフィリピン人船員の船」の戦いから「税率35%」対「無税」までハードルが下げるためで、冒頭にあげたパナマ文章に名前が載っているからと言って非難の対象にはならないのです。あれは脱税者リストではなく、単に「タックスヘイブンにあるペーパーカンパニーの役員・株主リスト」にすぎません。

それにしても、世界で戦うには、この税金の差は大きいです。何か解決方法はあるのでしょうか?タックスヘイブン対策税制は「タックスヘイブンにあるペーパーカンパニーの子会社」を対象にしています。つまり「タックスヘイブンにある実態のある子会社」であれば対象になりません。とは言ってもパナマやリベリアに実態のある会社を作るのは現実的ではないので、ここでシンガポールや香港に注目が集まる訳です。この2つの国であれば実際に人を送り込み、現地で実態を持って海運事業をする事が可能になるからです。残念ながら香港は去年あたりから現地に人を送り込む事が難しい国になってきましたが、例えばシンガポールに独立した子会社を設立することでタックスヘイブン対策税制の適用除外となり、さらに外国子会社配当益金不算入の制度をつかった配当により日本の船会社でも世界と同じ土俵で戦う土台を作ることができます。厳密には95%までの不算入なので完全無税ではありませんが、もうここまでくると船の入門編ではなく中級編になりますのでまた別のコラムで「税」について詳しくみて論じてみたいと思います。

蛭田将司

2020年10月21日