• 2021/01/05

海賊キッドの財宝物語 ③ 〜狂う歯車〜

1697年7月、アドベンチャー・ギャレー号はアデン湾の入口にあるペリム島(Island of Perim)に到着した。ペリム島はアラビア半島のモカ港からコーヒーを積んで出航する商船と、それを狙う海賊が出没するポイントだった。キッド船長はここでフランス商船か海賊船を待ち伏せたが、3週間経っても1隻の船にも出くわさない…、モヒーラ島出航以来モラルが低下した船員のフラストレーションは更に溜まる一方だった。そんな中、ようやく国籍不明の商船団がモカを出港しキッド船長が待ち伏せするアデン湾を差し掛かった。商売第一の商船は航行中堂々と国旗を掲げることはなく、その場その場で都合のよい旗を掲げることがよくあった。そこでキッド船長は大胆にもその船団の中に紛れ込んで、フランス商船かどうか直接確かめてやろうと試みた。しかし船団の指揮官エドワード・バールロウ(Edward Barlow)は、すぐにこの不審な船に気づき、数発の威嚇射撃とイギリスの旗を掲げた。

そう、この船団はイギリス東インド会社が護衛するムガル帝国の船団、つまりイギリス商船団だったのだ。突然の威嚇射撃にアドベンチャー・ギャレーの船員が混乱の中、キッド船長の統率もないなか反撃してしまい、さらに悪い事に商船団の1隻に損害を与えてしまった。とにかく状況整理のためキッド船長はひとまずの退却を命じた。 

この事件は喜望峰に向けて航行中に起こしたウォーレン提督とのいざこざに続く「悪い噂」を世間に残す結果となった。

アデン湾に滞在し続ける事が色々と面倒な状況になったキッド船長は、逃げるようにインド西岸に向け出航した。そしてインド西岸のカルワル沖(Karwar)でようやく小さなポルトガル商船に出くわし、これを襲った。当時イギリスとポルトガルは戦争状態にはなかった…しかし「プロテスタント(イギリス)とカトリック(ポルトガル)」という屁理屈をつけて襲わないといけないほどに、金銭的見返りがない船員たちの不満は高まっていた。

更にこの後、国籍不明の大型商船を停船させることに成功した。船員たちは色めきだったが、停船させた船はイギリス商船のLoyal Captain号だった。この時ばかりは、船員の不満を抑えつつLoyal Captain号を解放した。

さて、この頃インド西岸の港という港では、私掠船船長ウィリアム・キッドが海賊狩り転じて自ら海賊になったという「悪い噂」で持ちきりだった。キッド船長が、船の食料補給や修理のために港に入っても疑いの目から協力を得られず、十分な補給ができなくなっていた。王室直属の私掠船船長として間違いは犯していないつもりなのに周囲からは「海賊」として扱われ、船員からはろくでなし船長として権威はガタ落ち、成果なく出資者にも顔向けできない…まさに散々な状況だった。

水平線にオランダ商船らしき船を認めた際には、もう無差別に船を襲うよう船員たちから強く迫られる始末だった。私掠船船長としてのプライドがあるキッド船長は、本物の海賊になる事をきっぱりと断り続けたが、遂に不満が頂点に達した砲手ウィリアム・ムーアとの間で激しい口論になる事件が起こった。この口論は近くにあったバケツで思いっきりムーアの頭を殴ることで収まったが、彼はその事が原因で翌日死んでしまう。

ケダー・マーチャント号

インド人が所有し、アルメニア商人によって傭船されたケダー・マーチャント号 (Quedah Merchant) 約400トン。イギリス人船長、フランス人砲手、オランダ人航海士2名、そして90名のインド人船員によってインド北東部のベンガルから積荷を載せ、北西部にあるスーラトに向けて航行中、キッド船長率いるアドベンチャー・ギャレー号に出くわす災難に遭った。1698年1月30日のことだ。

一見、私掠免許状で略奪が許されている「敵対商船」に見えないケダー・マーチャント号だったが、同船はフランス海軍から道中いちゃもんをつけられぬ様、スーラトまでの安全航行が保証されたフランス東インド会社の通行許可書を持ち合わせていた。アドベンチャー・ギャレー号の船員たちは、フランスの通行許可書を持つと言う事は敵国フランスの商船だとして「合法的略奪」をキッド船長に迫ってきた。最終的に折れたキッド船長が、この日手にした積荷は実に1400袋の砂糖、84梱の絹、その他の織物、アヘンと、売り払えば総額50、000ポンドにのぼる品々だった。

キッド船長が押収したケダー・マーチャント号の
フランス通行証

これは船員に分配した上でなお、この海賊事業の出資者たちにも十二分に利益が上がる計算だった。しかしこの時キッド船長は知る由も無いが、キッド船長が「合法的略奪」したこの積荷はイギリス東インド会社が斡旋して手配したインド高官ムクリス・カーン(Muklis Khan)のものだった。つまりイギリス王室事業に関係する貨物だったのだ。そんな事はつゆ知らず、これで十分に目的を果たしたと満足したキッド船長は、帰路につくことにした。

引き返せない運命の歯車

本来であれば、この戦利品をイギリス(正確にはイギリス東インド会社)が統治するインド西岸の港に入り換金すべきところだが、海賊転落を疑われ補給すらまともにできない状態で、どうしてまともに換金できよう。むしろ余計疑われ問題が大きくなるだけだ、、ここはいっそのことインド西岸を離れ、海賊の溜まり場マダガスカルで換金した方が楽だろうと、キッド船長は一路マダガスカル島沖サント・マリー島(Island of Sainte Marie)に向けて出航する事に決めた。そして、この判断も「悪い噂」を後押しする。もう何をしても全てが悪い方に回るキッド船長の運命の歯車は、決定的な最後に向けて一気に進んでいくことになる。

蛭田将司

2021年1月5日