• 2020/10/02

海賊キッドの財宝物語 ② 〜船員集め〜

船員集めの為、わざわざロンドンからニューヨークまで航海してきたキッド船長だったが、ここでも船員集めは難航した。海賊事業といっても、国王から正式に許可をもらった立派な王室事業だ。それにふさわしい船員を集めたいところだが、こうも集まらない状況では船員の質がどうのこうのと言っている場合ではなかった。結局集まったのは、ロンドンから乗船してきた船員よりもさらに怪しい、中には本物の海賊船あがりも混じっていた。のちにキッド船長の運命を決定的に変える男、ウィリアム・ムーア(William Moore)もここで砲手として乗船した。

船員の頭数をなんとか揃えたキッド船長は、ようやく本来の事業〜まずはアフリカ東海岸に出没している海賊討伐と略奪〜にむけてニューヨークを出発した。

マデイラ諸島で物資を補充したキッド船長が、次の中継点の喜望峰に向けアフリカ西海岸を南下していた時、針路を見失ってさまよっていたトーマス・ウォーレン提督(Commodore Thomas Warren)率いるイギリス艦隊に出くわした。壊血病が蔓延したせいで大幅に船員が不足していたウォーレン提督は、これ幸いにとキッド船長にアドベンチャー・ギャレー号の船員を差し出せと要求してきた。船員の徴収は戦時下における海軍の正当な権限だが、これはキッド船長にとっては迷惑千万。さんざん苦労して揃えた乗組員をたまたま通りかかった海軍に取られては事業の継続がおぼつかない。海軍に出くわした自分の運のなさを恨みながらも熟慮したキッド船長が下した決断は「逃げの一手」だった。夜のうちにアドベンチャー・ギャレー号の錨をあげ、オールを使ってこっそりと逃げ出したのだった。

朝になりようやく逃げられた事に気がついたウォーレン提督は、怒り心頭この上なかっただろう。

キッド船長のアドベンチャー・ギャレー号 (Adventure Galley)

提督、つまり「イギリス海軍」をコケにしたキッド船長は、これ以上のいざこざを起こしたくなかったので海軍が駐屯する喜望峰を素通りしてマダガスカル沖にあるコモロス諸島モヒーラ島(Island of Mohilla)を目指す事にした。アドベンチャー・ギャレー号の船内でも疫病が流行って船員が40人も死んだので、早急に船員を補充する必要があったのだ。当時マダガスカル一帯はインドからの貿易船を襲う海賊船の一大出没地で、どのヨーロッパ諸国にも属さない海賊のためにあるような土地だった。そして当然かもしれないが、ここモヒーラ島で集まった船員はまさに本物の海賊達だった。。

雰囲気はとにかく険悪だった。寄せ集めの船員によって船内のモラルは乱れ、だれもキッド船長に敬意を払っていなかった。イギリスを出港して1年にもなるが、これといった獲物に出会うこともできず、船長としての実績がまるで出ていない。略奪による戦利品がなければ何も得ることができない船員のフラストレーションが船内に充満していた。問題児ウィリアム・ムーアは、私掠船から本物の海賊船になって無差別に襲うことを要求してきたが、キッド船長はなんとか規律を保ちつつこの要求を拒否した。

イギリスに敵対する国の船だけを襲う事にこだわる船長と、イギリスの船だろうがなんだろうが略奪を働きたい船員が一つ船の内で緊張の糸を張りつつ、兎にも角にも、獲物を求めてアデン湾に向け出港した。

イギリス海軍をコケにし海賊の溜まり場であるマダガスカルに寄港、そして素性の怪しい船員達。。。キッド船長の人生の歯車は確実に狂い始めていた。

アドベンチャー・ギャレー号の航路 1696年7月〜1697年3月

蛭田将司

2020年10月2日