船をぶっ壊す①

船舶スクラップの流れ
船のスクラップの流れをまとめた動画でイメージをつかんでください。
〜スクラップの始まり〜
船は水に浮いている状態だと、驚くほど小さな力で動かせます。船にロープをくくり付けてショベルカーで引っ張るとスイスイ動き出します。それが、ひとたび海底に接地(Grounding)してしまうと船は浮力を失い、あとはもう引っ張ろうが押そうがびくともしなくなります。Groundingした船を再び浮力のある状態に戻すのは途方もない労力なので、船がスクラップヤードに入ってくる瞬間はいつも緊張の瞬間です。

スクラップヤードに到着後、アンカー(錨)を下ろして船をスクラップヤードに固定します。Groundingしてもう動かないと思っていたのに、夜中の満潮時に浮力が復活して朝起きてみると船が沖に流されていた!なんて言う事を防ぐためです。エンジンルームのシーチェストバルブを閉め、最後にエンジンを切ると、船の匂いが一気に変わるというか、生気がなくなるというか。この瞬間に船が死んで体温が一気に冷えるような感じがします。
船はガスバーナーで切断するのですが、その前に可燃物や高価な物を全て撤去します。可燃物とは船に残っている燃料や居住区の壁材などの事で、高価な物とは銅・ステンレスといった非鉄金属や航海機器類です。とにかく船内を歩きまわり磁石がひっつかない部分は全て回収します。
〜泥棒物語〜
この頃から泥棒が出没し始めます。彼らの狙いはとうぜん高価な銅やステンレスで、鉄には目もくれません。おおまかに泥棒は4つのタイプに分類できます。
① 副業タイプ:スクラップヤードの従業員として働きつつ、目をぬすんで盗みをはたらくタイプ
② プロフェッショナルタイプ:夜中、船に忍び込んで根こそぎ持って帰ろうとするプロフェッショナルなタイプ
③ 公務員タイプ:本来泥棒を取り締まる警察が、その権力を間違えた方向に使って泥棒行為をはたらく最強タイプ
④ バイヤータイプ:商品を買いに来るバイヤー。トラックに重量をごまかせる装置をつけるなど、その高い能力を間違えた方向に使っているタイプ
さらに、副業タイプが日中の作業中に銅線を海に放り込んでおいて、夜中にプロフェッショナルタイプが回収する連携プレーなど組み合わせは無限です。ゲリラが村人に紛れて見分けがつかないので村人ごと虐殺する戦争映画を見たことがありますが、まさに目の前にいるのが従業員なのか泥棒なのか見当がつきません。
泥棒が狙う高価なものとは何でしょうか?盗難ランキングを見てみましょう。
1位 ケーブル
発電機から伸びる太いケーブルの中には、まばゆいばかりに光る純銅が隠れ住んでいます。その盗みやすい形状とダントツの値段の高さから、堂々の1位です。

2位 配電盤の銅バー
配電盤内にある純銅のバーが2位にランクインです。エンジンルーム内の配電盤は死角が多く、日中でも堂々と盗める泥棒の絶好の作業場となります。
3位 ステンレス製品全般
ケミカルタンカーのパイプやマンホールはステンレス製です。プロフェッショナルタイプが夜中に忍び寄り、根こそぎ持っていく商品です。
番外 プロペラ
船のプロペラは銅80%、アルミ10%、ニッケル8%といったブロンズ製です。その巨大さから泥棒に狙われないと思うのは大間違いで、一仕事で得られる収益性の高さから、本気の泥棒たちが果敢にも狙ってきます。

〜そして、いよいよ切断〜

船から可燃物と高価な品物を取り除いたら、いよいよガスバーナーで切断です。まず船を大きく切り取って地面に下ろしたら、次に製鉄所が指定する大きさ(通常1メートル四方)に切っていきます。空き缶や車から出るペラペラの鉄と違って、船の鉄は厚さ2センチもある鉄板です。溶かす過程でのロスが少ない最高品質で、とうぜん製鉄所も良い値段で買い取ってくれます。
「船をぶっ壊す②」につづく
2020年4月13日